かん吉との日々

イヌとの生活を通して考えたことなど

先祖返り?

昨年からイヌを飼い始めた。
名前は,ここでは「かん吉 (きち) 」としておこう。

かん吉は柴犬のミックス。性別はオス。茶色の毛に黒が少し混じっている。保護犬となっていたのをボランティアの方からもらい受けた。

このブログでは,かん吉と生活していて考えたことなどを書いていきたい。大学で少しかじった行動生態学や心理学などの視点も少し交えつつ。専門家ではないので間違いも多々あると思います。ご容赦ください。

私はイヌを飼うのは初めてではない。実家では合計で3匹のイヌを飼っていた。そのうち1匹は私が実家を離れてからだったが,よくなついてくれた。かん吉は今まで付き合ってきたイヌとは何かが違う。

まず,イヌといえば飼い主に従順で,家に帰ったらしっぽを振ってお出迎えしてくれるものだと思っていた。かん吉はそんなことは全くしない。誰が家に帰ったところで,顔も上げようとはしない。名前を呼んでも振り向くこともない。

耳が聞こえていないわけではない。ご飯の到来を知らせる電子レンジの音や冷蔵庫の音がするとすぐそちらを見る。カメラのシャッター音や,拍手の音が嫌いらしく,それらの音がするとその場から離れようとする。

ヒトを避けているわけではないようだ。顔の周りをなでてあげるとしっぽを振ってその場にとどまる。喜んでいるように見える。自ら接近してくることもある。

ただし,飼い主とそうでない人の識別はできていないように思える。新しい人が家に来ても吠えもしない。吠えるのはエサをもらう前だけである。初めて会う人からでも,撫でられるとしっぽを振る。番犬にはならない。

いつもおとなしくて,誰に対しても「なつく」ので,周りの人からは「こんないい子いないね」などとよく言われる。確かにそうかもしれない。飼っていて困ることは少ない。しかし,単純に「いい子」で片づけてしまっていいのだろうか。

どうもイヌとしての基本的な性質を欠いているようにも思える。決してそれが悪いということではない。私も含め家族は皆,そんなかん吉を愛している。ただ,その性質の違いを理解したいのだ。

このようなかん吉の性格は経験を通して形成されたものだろうか。あるいは遺伝的なものだろうか。保護犬ゆえに,保健所に来る前の経験は全くわからない。ここでは遺伝的な要因について考えてみたい。

イヌはオオカミと共通の祖先を持つと言われている。というか,イヌとオオカミは生物学的には同じ種に分類されるらしい。

麻布大の菊水先生のグループの研究 (日本語の解説はこちら) によると,オオカミとイヌの行動上の特徴の違いは,イヌの方が飼い主と目を合わせることが多いということだ。

かん吉はエサがもらえることを期待したときくらいしかヒトと目を合わせることはない。顔を持って無理やり目を合わせようとしても,数秒としないうちに顔を動かして目をそらそうとする。

もしかすると,かん吉のそういう面はオオカミに近いのかもしれない。ダーウィンの「種の起源(上) (光文社古典新訳文庫)」(渡辺政隆訳) には,「先祖返り」という言葉がしばしば出てくる。そして「種」特有の形質のほうが,より大きい分類である「属」特有の形質よりも個体差が大きく,先祖返りしやすいということが述べられている。


オオカミもイヌも,イヌ属にあたる。ヒトと目を合わせるのはイヌという種特有の形質なのだと思う。かん吉は少し先祖返りをしているのかもしれない。厳密には「種」特有というよりは「亜種」特有なのだろうが,それならなおさら同種に部類される現在のオオカミに近くなるような変異が起こりやすいのだろう。

しかし,これはかなりいい加減な考察だ。もちろん,経験の影響も否定できない。今後,もう少し考えていきたい。